2023年の総括とお礼とご挨拶:『キミとボク』『闘病記』『ネイチャーシリーズ』『脳梗塞発症後の生活』

正に画像のとおり、偉そうなことを言っても、今年もちぃコロちゃん(妻)におんぶに抱っこの一年でした。
正に画像のとおり、偉そうなことを言っても、今年もちぃコロちゃん(妻)におんぶに抱っこの一年でした。
もくじ

2023年の総括

2019年3月に脳梗塞を発症してから4年目を迎えた2023年は、やっと卒中後うつ病(PSD)や無気力・せん妄、睡眠障害、男性更年期障害等々の精神的ダメージから脱却したという実感が湧いてきて、全てが動き出した年でした。そこには大きな「3つステップ」がありましたので順を追って書かせて頂きます。今回の記事は、多数のカテゴリーに別れますのでURS.JPの全カテゴリーに分別されています。

ちぃコロちゃん(妻)的に「ジョジョの奇妙な冒険 第5部 黄金の風」の、おかっぱヘアーと頭の飾り(手袋)がブチャラティのマネらしい何度も「ありありありあり!アリーヴェデルチ!」と言われました。

ちぃコロちゃん Instagram

【ステップ1】You Tube版『キミとボク』の公開

脳梗塞の後遺症、卒中後うつ病(PSD)や無気力・せん妄、睡眠障害、男性更年期障害等々の疾患に悩まされ、追い詰められながらも、ある理由からYou Tubeで『キミとボク』公開することを決めました。

この項はYou Tube版『キミとボク』完成までの道のりです。
まず『キミとボク』は「Flash・フラッシュ」と呼ばれるアニメーションソフトで制作していました。Flashのファイル形式であるswfファイルはYou Tubeには対応していません。そのためYou Tube用に変換する作業が必要でした。『キミとボク』はFlashでスクリプト(プログラム)を組んで動かしていたたため、まずはそのスクリプトを全削除するところから始まりましたが、そこからYou Tubeに公開できるのようになるまで約1年半を要しました。

脳梗塞の後遺症による片麻痺で不自由になった身体を無理矢理動かしながら、ファイル形式の変換や手直し、バグの修正等々…脳や身体、集中力の大幅な減退と衰えに驚きつつ、せん妄もあり再学習しようとしてもなかなか頭に入ってこず、それでも「少なくとも『キミとボク』だけはネット上に残るようにしておかなければ」という思い、脳梗塞発症から時間も経っておらず、再発の恐怖に怯えながら「これが私からの遺言になるかも知れない」と、片麻痺でしびれた左手を無理矢理動かしながら制作を続けました。(左手が動かないとパソコンのショートカットが使えず作業効率が極端に低下します。)

再び『キミとボク』と向き合うということは、死別した愛猫の銀王号や両親への深い喪失感や焦燥感と真っ向から向き合う覚悟が必要になりました。脳梗塞の後遺症で弱りきったメンタルに、その喪失感や焦燥感が襲いかかり、それはそれは辛い日々でした。ちぃコロちゃん(妻)に「急がないで納得できるまでじっくりやってから公開すればいいんじゃない?悔いが残らないようにしっかりね。」その言葉に救われ、励まされつつの1年半でした。そしてなにより救われたのは『キミとボク』という物語の文末の言葉「またあるきだそう」という約20年前に自らが残したメッセージでした。

死別を経験した人々や深い悲しみの中にいる皆さんのためにも「なんとしても『キミとボク』だけは残しておかないとな。まずは自分がまた歩きださないとな」と強く思いました。それがこの項の冒頭に書いた「ある理由」なのです。

そして、初代『キミとボク』を公開した2001年7月27日から22年後の2023年同日、銀王号の命日から25年後に『キミとボク Ver.2 Final Edition』として公開できました。ありがとう御座いました。私の性格上、公開後にまだ直したい部分がいくつか出てきましたが「まぁそれはいずれ別の機会に別の作品でやればいいかな」という少し先のことを考える気持ちの余裕も、今現在はやっと出てきました。

You Tube版『キミとボク』の完成と公開は、脳梗塞の後遺症で弱気になっていた自分に、生きる気力や「まだ頑張れる」という自信を取り戻し、「またあるきだす」という気持ちを改めることができました。私もまた『キミとボク』という作品に救われた一人なのです。ありがとな銀王号。

『キミとボク』カテゴリーのご紹介

自主制作アニメーション『キミとボク』や実写映画版『キミとボク』関連のカテゴリー

【ステップ2】脳梗塞発症のカミングアウト

脳梗塞発症後に取り敢えず出来ることの一つ『キミとボク』の公開はやり遂げた。今度は、脳梗塞発症を隠し、人付き合いを避け、長年不義理を続けていた皆様に、自分自身の脳梗塞を発症していたことの報告とお詫び、そしてその経緯や疾患への私なりの向き合い方、乗り越え方、対処法等々を書けば、誰かの生きるためのヒントや励みになるかな…?っと思いURS.JPにて『闘病記』を書き綴りました。「メンタル編」などは書いていても辛く苦しいだけでしたが、脳梗塞やその後遺症、様々な疾患と向き合うことは自らへの戒めや備忘録びぼうろくとしても最適だったと今では思えます。

各疾患の用語や詳細については「闘病記」をお読み下さい。読んでね。

「闘病記」カテゴリーのご紹介

脳梗塞・糖尿病・高血圧・脂質異常症・男性更年期障害や脳梗塞発症後、脳卒中後うつ病(PSD)や睡眠障害に悩まされた記録。自分なりの対象法。この「闘病記」が皆様の人生においてヒントの一つになれば幸いです。

【ステップ3】URSネイチャーシリーズ

2019年の脳梗塞発症してから間もなく、投稿としての近況報告はFacebookで公開していたのですが(脳梗塞発症を隠して)、その一つ一つが「脳梗塞の再発」した時の遺言であり、終活のような気持ちで悔いのないように書いていました。その動画版としての意味合いで始めたのが「URSネイチャーシリーズ」で、仕事の合間に休む間もなく作り続けました。「仕事→ネイチャーシリーズ(&サイトの記事やら更新)→リハビリウォーキング」が一週間のサイクルであり、全てでした。心持ちは、以前Facebookで近況報告を投稿していた頃と同じでした。

既に私は、気軽に旅行や遠出できる身体ではありません。空いた時間は全てリハビリのためのウォーキングやボウリングに使いたいのです。

その代わりリハビリウォーキング中に公園で偶然見つけた昆虫や野鳥たちとの出会い、発見し、そして、身近な自然に触れる機会を与えてもらいました。ネイチャーシリーズを始めた2023年の夏だけでも「ミカドミンミン」や「クロメンガタスズメ」という、普通は一生かかっても見ることができない…かも知れない、奇跡とも言える出会いや野鳥の生態の発見がありました。また、秋の曼珠沙華や紅葉ラッシュは更新が大変でしたが、一刻も早く皆様に伝えたい一心での突貫作業でした。

有名な観光地を訪れたり、高級カメラを使うことも悪くないし、それはそれで良い経験だと思います、しかし、私は身近に体験できる自然の素晴らしさや感動を皆様に伝えたい、そして共有したい、皆さんに喜んでもらいたいという強い気持ちがありました。私のプライベートはこれで満足、必要十分と思える充実した日々でした。

「URSネイチャーシリーズ」は週一更新を目指し、いつの間にか20作を超え、シリーズ後半は構成やシナリオ、楽曲との融合等々…推敲すいこうを重ねる日々が増えていきました。新しいチャレンジやアイデアの挿入もあり、「そういえばこういう手法もあったね~」「このアイデアも入れてしまえ~」「これはまだ試してないな」っといった『自主制作作品』を作る楽しみや喜びを再発見させてくれました。そして少しずつですが「これからやりたいこと、やるべきこと」が明確に見えてきて、新しい作品を作る気力や精神力がやっと復活したのです。「URSネイチャーシリーズ」のカメラ担当、ちぃコロちゃん(妻)に改めて感謝。

You Tube動画としての「URSネイチャーシリーズ」レギュラー更新は2024年1月に終え、不定期なイレギュラー更新に変わります。その代替として始めたのが「脳梗塞発症後の生活」です。どうぞ宜しくお願い申し上げます←「発症後の生活」は新しい作品ではなくネイチャーシリーズ的な記事もある近況報告な位置付けのカテゴリーとお考え下さい。

新しいネイチャーシリーズ【追記】

現在、ネイチャーシリーズはInstagramにて、ちぃコロちゃんと二人で公開中です。

URSユニットの各Instagramです気軽にフォローしてね

脳梗塞発症後の生活:我々の結論

脳梗塞の「回復期:脳梗塞発症後数カ月間」この回復が望める期間は(期間は諸説あります)、「リハビリを頑張れば私の片麻痺が完治し、昔のような健常な身体に戻れる」と、2人とも思っていました。そのため「回復期」を過ぎた後にも残った片麻痺やらなかなか諦めきれず、発症から1年程度は強めのリハビリウォーキングを頑張り、ピークには脚を引きずりながらも1日に5万歩を歩いたこともあります。結局、私の筋肉の痙縮けいしゅくは治らず片麻痺が残りました。その結果「回復期」を過ぎてから激的な回復を望むのは不可能に近いという結論に至りました。

私たちは「望んだ結果にはならず残念だけど、やるだけやったから悔いはない」と考えました。それからは回復させるのではなく、悪化させないためのリハビリを続けようと考え、現在も2人でウォーキングやリハビリボウリングを続けてます。

我々は脳梗塞の後遺症である片麻痺を受け入れ、共に生きることにしました。身体は相変わらず辛いですが、この方向転換によって、精神的にとても充実した日々をおくることが出来るようになりました。これは、決して諦めや開き直りではなく、我々が行き着いた結論なのです。

劇的な回復だけを「奇跡」とは呼ばない。それは成る可くして成った結果に過ぎない。奇跡は「脳梗塞を乗り越え、2人で生きていること」それこそが奇跡。そう思える今、この瞬間も奇跡だと思います。ここから残された命、置かれた心、大切に生きます。

もし完全回復したとしたら…

「もし完全回復したら、どうせ元の自堕落で自由奔放で粋がった生活に戻るんだろうな…」という考えもあるとういうか、そうなる恐れが完璧に100%思い浮かびますので、片麻痺が残ったのも自らへの戒めだと思ってます。現状が、これ以上、悪くても、軽くても困る丁度良い状態なのだと思います。この片麻痺が神様からの罰だとしたら、優しい神様ですね。

相変わらず今も後遺症の片麻痺は残り、特に冬になると更に身体や筋肉が冷え痙縮けいしゅくが酷くなり、その結果、動きが鈍くなり、仕事中にトイレに行く時もつたい歩きで、かなりしんどいですが…私が脳梗塞を発症してから、ちぃコロちゃん(妻)や関係者の皆様にどれだけの迷惑や心配をかけたかを考えれば、私の片麻痺など大したことではないというか、以前の自由奔放な生き方や粋がった考え方には二度と戻るべきではないですね。だからこの片麻痺のままが丁度良いのです…これ以上悪化したり迷惑かけたりしないように、改善した生活の継続やリハビリウォーキングを続けるだけです。もうお酒もタバコも夜遊び一生分楽しんだし気が済んでいるので欲しいともやりたいとも思わない、というかもういらん。

少なくても10年前には「自らの生きる目的や理由、着地点」が分かっていたはずでしたが、いつの間にやらその心持ちが希薄になってきていました。そこへ脳梗塞の発症、長い闘病生活があり「生きる目的や理由、その着地点」を再認識させられたのがこの2023年でした。「ネイチャーシリーズ」の項で「今後やりたいことややるべきことが具体的になってきました」と述べました。思わせぶりな言い方をするつもりも、斜に構えるつもりも御座いませんが、それらが具現化できるがどうか?まずは来年2024年の動向で判断頂ければ幸いです…とか偉そーなことを書き散らしましたが、どうせ来年も七転八倒しちてんばっとうするのは目に見えてるんですけどね。

全てを終活と考え、悔いのないよう生きます。

いつもように言葉が足りませんが、私たちの思いや考えはこれからおいおい伝えさせて頂くとして、2023年 今年も大変お世話になりました。2024年、来年も宜しくお願い申し上げます。

「埼玉県営 狭山稲荷山公園」にて。良いお年をお迎え下さい。

「脳梗塞発症後の生活」と「URS・ネイチャーシリーズのご案内」

「脳梗塞発症後の生活」のご紹介

脳梗塞発症後の生活のページ一覧です。リハビリウォーキング、公園案内や自然、生き物の記録。リハビリボウリングや食生活、買って良かったもの等々、ライフログです。

脳梗塞発症後の生活
2つのURSネイチャーシリーズのご紹介

「URSネイチャシリーズ」はリハビリウォーキング中に目に止まった自然や生き物を題材にした動画です。偶にウォーキングや自然と無関係の場合があるかも知れません。メインのウォーキングの邪魔にならないよう小さなデジカメで撮影しておりますので、映像や画像が不鮮明かつブレ等の不具合がある場合が御座います。予めご了承下さい。また、「URSネイチャシリーズ」は「私の脳梗塞発症後の生活」でもあります。

当サイト「URS.JP版」の各ページにはYou Tube動画本編に入りきれなかった動画や画像、裏話などが載っており、ネイチャーシリーズをより深く楽しめます。

「You Tube版」のプレイリストは一気見やシャッフル再生に最適です。画像クリックでプレイリストが開きます。

正に画像のとおり、偉そうなことを言っても、今年もちぃコロちゃん(妻)におんぶに抱っこの一年でした。

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